屋久島農園再生プロジェクト

10/28 仲間

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ACCYで共同作業。
力を合わせる仲間を作る
っていうのも大事よね。

1.父からの電話(2)

農園再生プロジェクト1

 

 

父は知らない間に起業して地域おこしを事業化するという夢に向っていた。

真面目で堅実な父がそんな冒険をするなんて夢にも思っていなかった。でも…面白そう。

中学校卒業と同時に屋久島を出て、鹿児島市内の寮のある高校に入って以来、大学、就職と島外で過ごしてきた。

当時の屋久島の高校では進学はあんまり考えられなかったし、仕事だってあんまりない。

だから、15歳の頃からもし屋久島に帰るとすれば仕事を終えてリタイヤした後のことだという感覚だったし、両親もそう思っていたはずだった

そんなんだから、30歳で屋久島に帰るなんて全くの寝耳に水だった。

 

 

父の話では、集落の観光地の千尋の滝に集落の人達で作った、げじべえの里千尋販売所というおみやげ屋兼直売所があり、山の販売所と組み合わせる形で里の販売所を作りたかったということだった。

それが父の始めた会社、有限会社原の里が運営している、はらの里やまんこ売店という直売所だった。

地域の農家さんが作った野菜や果物を販売するお店で、地域の寄り合い所として機能させたいんだということだった。

その原の里が新しい展開に行くかもしれないから、それを手伝ってみなか、と。

隣の集落にぽんたん館という屋久島町所有のおみやげ屋兼直売所がある。指定管理者によって運営されているわけなんだけど、その指定管理者に名乗りを上げたいというのが新しい展開だった。

やまんこ売店、げじべえの里、ぽんたん館が合わされば、線の運営から面の運営にすることができる。

たしかにそれらが同じコンセプトで動けば面白いことになるかもしれない。

詳しいことはわからないけど、地元が新しい動きをしていると聞けば、ワクワクする。自分に郷土愛的なものがあるんだとちょっと意外だった。

1.父からの電話。

農園再生プロジェクト1

2010年、夏。

当時ボクは外資系人材コンサル会社に勤務していた。

担当は再就職支援。

リストラや工場閉鎖に伴う解雇された人を再就職させるというのが仕事。

基本的には企業担当で、企業を回って求人をもらったり、人材の紹介をしたり、応募の支援をしたりしていた。他には再就職したいという人の経歴を聞き取りしたり、職務経歴書に落としこんだり。

 

勤務していた地区の仕事が一段落して、地区の営業所を縮小しようという話になった。

年俸制での契約で契約も1年ごとだったため、次期の契約はなしの方向で話が進んでいた。

 

まだ若いんだから、こっちの仕事は年配者に譲って新しい仕事を見つけて…的なことも言われたなぁ。

 

とはいえ、他の会社からお声をかけていただいたりしていたし、職業柄就職活動についてはあまり不安を持っていなかった。

 

 

そんな矢先に地元屋久島に住む父から電話があった。

「こっちに戻ってきて、一緒にやってみないか?」