「誰かのため」という依存。

「誰かのため」っていう依存もある。そう聞いたときハッとした。

誰かのためって言っておくとその誰かに責任を持っていける。

 

 

誰かのためって言っておきながら結局は巡り巡って自分のため。

そういう場面は石ころくらいあふれている。

というよりも、誰かのために不利益をこうむる人ってそんなにいないし、

そこまでして誰かに尽くすのは難しい。

YACTIVEは役に立ちたいと思って作ったけどそれは誰かのためかというと違う。

面白い、楽しいって思えることをしてそれが結果的に役に立つことになれば

そんなにいいことはないよね、っていうのがスタートだから。

結局は自分が楽しいって思えないと心って動いていかないものね。

それは自己満足ってことなんだけど自己満足で何が悪い!って開き直ることもやっぱり必要になってくる。

 

 

 

それに本当に面白いことって手間がかかったり面倒だったり、実は苦しかったりする。

面白いけどイヤになることもある。

最終的にはたぶん面白いだろうけど、そのために準備がたくさんいるようなことだ。

その間には「なんであんなことしてるんだろう?」とか「あいつはおかしいんじゃないか?」とか言われることも出てくる可能性だって大いにある。

でもそんな雑音を気にしていたら面白いは逃げてしまう。

 

 

 

基準は自分。

それを「誰かのため」って基準を人にしていたら面白いこととはめぐり合うことはできない。

「誰かのためという依存」そんな生き方はしたくないな、と思ういい言葉だった。

自分を見つめなおす機会。

DSC_0065午前中は雨だったので、げじべえの里千尋販売所に「彩ことば」「屋久島歳時記」を納入。

この季節になると布ものが売れるようになる。

これがこだまクラブのワーキングスタッフの給料の原資になるから売れるとうれしい。

 

 

午後は屋久島4Hクラブの会合。

総会があるのでその内容の打ち合わせ。

昨年度はほとんど活動らしい活動をしていない。

だから会合の内容はほとんど今年度について。

なんのために組織があるのか考えさせられる。

 

 

総会と同時にプロジェクト発表がある。

その発表者に選ばれてしまったのでこれから発表内容をまとめなければならない。

締め切りは10日。案外近いな。

自分を見つめなおすいい機会かもしれない。

農産物は商品なんだ。

梅雨。雨が数日降り続いている。

屋久島は雨の島ともいうらしい。

一回に降る雨の量が多いとか山はよく雨が降るってこともあって降水量はかなり多い。
 
 
体感ではそんなに言うほど降ってる?って感じ。
晴れの日もかなり多いからね。
だけど、植物は正直。
屋久島に合う農産物って実はそんなに多くない。
 
 
高温多湿、水分多量。
植物としては育っても「農産物」としては微妙ってものがある。
それは水分が多いと味が薄かったり、水っぽかったりするから。
 
 
そういう話を聞くと「農産物」って商品なんだな、って思う。
元気に育つだけでは不十分。
味がよくないとやっぱり欠陥品。
商品だったら、工業品と同じように効率的に原価を抑えて作って
付加価値をつけて販売するのは当たり前の話ってことになる。
 
 
性質上、家庭内農業がまだ多くって「農家」って職人のように言われているけど
そのうちマニュファクチュアが起きる、そんな気がしないでもないかな。

倉庫の整理はじまる。

senpiroseisou倉庫の整理。

古い倉庫を思い切ってリフォームすることにした。

昔のものなので骨格は丈夫…だと思う。

壁と屋根を張り替える予定。

ただ、シロアリが結構いるから骨格もどこまで使えるのかは

大工さんにちゃんと見てもらわないと。

 

 

 

リフォームの最初の作業は壁と屋根をひっぺがすこと。

だから、中のものをとりあえず全部出す。

出てくるわくるわ…不要品の数々。

これ捨てるのも一苦労だわな。

 

 

夕方からは千尋の滝周辺の清掃作業。

消防団の作業となっている。

本当は朝やる予定だったけど雨が降っていたので夕方になった。

朝苦手だから助かったよー。

 

 

倉庫のリフォームはちょっと楽しみ。

祖父が大工だったからか、仕事を眺めているだけでも面白い。

その前に残ってる大物を撤去しなきゃだわ。

1.父からの電話(2)

農園再生プロジェクト1

 

 

父は知らない間に起業して地域おこしを事業化するという夢に向っていた。

真面目で堅実な父がそんな冒険をするなんて夢にも思っていなかった。でも…面白そう。

中学校卒業と同時に屋久島を出て、鹿児島市内の寮のある高校に入って以来、大学、就職と島外で過ごしてきた。

当時の屋久島の高校では進学はあんまり考えられなかったし、仕事だってあんまりない。

だから、15歳の頃からもし屋久島に帰るとすれば仕事を終えてリタイヤした後のことだという感覚だったし、両親もそう思っていたはずだった

そんなんだから、30歳で屋久島に帰るなんて全くの寝耳に水だった。

 

 

父の話では、集落の観光地の千尋の滝に集落の人達で作った、げじべえの里千尋販売所というおみやげ屋兼直売所があり、山の販売所と組み合わせる形で里の販売所を作りたかったということだった。

それが父の始めた会社、有限会社原の里が運営している、はらの里やまんこ売店という直売所だった。

地域の農家さんが作った野菜や果物を販売するお店で、地域の寄り合い所として機能させたいんだということだった。

その原の里が新しい展開に行くかもしれないから、それを手伝ってみなか、と。

隣の集落にぽんたん館という屋久島町所有のおみやげ屋兼直売所がある。指定管理者によって運営されているわけなんだけど、その指定管理者に名乗りを上げたいというのが新しい展開だった。

やまんこ売店、げじべえの里、ぽんたん館が合わされば、線の運営から面の運営にすることができる。

たしかにそれらが同じコンセプトで動けば面白いことになるかもしれない。

詳しいことはわからないけど、地元が新しい動きをしていると聞けば、ワクワクする。自分に郷土愛的なものがあるんだとちょっと意外だった。